秋は来た


今年の秋はrenacheにて

秋来ぬと
目にはさやかに見えねども
風の音にぞ おどろかれぬる 藤原敏行朝臣

秋は来た、と、
目にははっきりと映らないけれども、
その姿の見えぬ秋の訪れを、
ひと吹きの風によって、
はっと気づかされた。
秋は来たのだ。
・・・・・
毎年、ひと吹きの風で秋を実感し、
そしてこの和歌の凄さを思い知る。
連綿と続く毎日の中で、
目に見えない変化に気づくことは難しい。
けれど、1000年以上前の先達はそれを言葉にし、
そして、1000年以上後の私達はそれに共感する。

ぞ…連体形は、こそ…已然形、なむ…連体形はいずれも係結び強意の用法だけれど、
強意は「こそ」「ぞ」「なむ」の順に強い。
だからここは、「ぞ」がしっくりくる。「こそ」では強すぎ、「なむ」では弱いのだ。
「ぬ」は完了の助動詞だけれど、作為のない、自然発生的な場合に使われる。
秋きぬ
風の音にぞおどろかれぬる
秋は来た
風の音に気づかされた
作為的ではないから、
作為的な完了を表す「つ」は使わない。
秋来つ
風の音にぞおどろかれつる
とはならない。
余談だが、
人は思わず泣いたり、思わず笑ったりしてしまうものだ。
だから、「泣いたり笑ったり」を古語にすると、
泣きぬ笑いぬ
となる…と解説した15年も前のある日。
1人の17才はこう言った。
でも女は「泣きつ笑つ」なんじゃない?と。
17才よ、何があった!と切り返したが、
それよりも、「つ」と「ぬ」の違いを彼なりに理解してくれたことの表れだから、それが嬉しかった。
古語作文なんてものはないから、受験にはいらぬ知識かもしれないが、古典の学びは受験のためだけではない。ものごとを理解することは、何かを暗記することとは別次元だ。
秋はいろいろもの思う。
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